「バスが走れるかな」22年前、児発管の私は阪神特別支援学校に勤務していて、生徒指導部でスクールバスの係をしていました。

 震災の朝、学校に着くといろいろな情報が飛び込んできました。クラスの生徒の安否を確認した後、どのように学校を再開するかという会議が持たれ、私たちバス係もどのように運行するかを話し合ったのを覚えています。震災から2〜3日後、道路の状況を確認しようということで、それぞれの系統ごとにバスを走らせました。私が担当するバスは、国道2号線を走るのですが国道に入った途端全く動きません。朝、学校を出たのに戻ってきたのは夕方でした。

 スクールバスが運行できない状況は1ヶ月以上続いたと思います。子ども達は学校に来れない状況が続きました。何とかしようと話し合いの結果、地域の公民館等で授業をするということになったと記憶しています。

 今のように、地域に放課後等デイサービスがあれば子ども達の学習や療育の場を確保できたと思います。 文責:児発管      

 

 

  

 

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伊丹市の児童発達支援・放課後等デイサービス みらい

​伊丹市南町4−5−30

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